大学助教 (1)
「お客さん、寄ってかない?」
夜、10メートルも歩けば、そんな声が聞こえていた繁華街。
けど、今はそんな客引きなんていない。
別にケーサツや行政の手で排除されたわけじゃない。
夜の街を仕切っていた「その手の人達」が文字通り地下に潜り、それを真似していた素人達が廃業したから、勝手にそうなっただけだ。
おかげさまで住民にとっては暮らしやすくなったし、誘蛾灯に群がる虫のようにわらわらいた夜の住人たちもいなくなった。
が、そのせいで街が暗くなり、強盗や置換犯罪が増えたのは皮肉といえば皮肉かもしれない。
最も、いまや暗視の防犯カメラは街のほぼ全てに設置されてて犯罪をおかしてから家に帰るまでがバッチリ取られてるから、2日以内には即御用、なんだけど。
オレ? オレはとある無名大学で研究に勤しむ職員だ。
専攻は社会心理学。
でも別に、はじめっからこの道に進もうとして進んだわけじゃない。
親父が警官で、幼い頃からオフクロに「異常な犯罪者が増えた」とか「あいつらの考えがどうもわからん」とか愚痴ってるに興味が出て、気づいてみたらこの道に進んでた、ってだけだ。
「なら犯罪心理学とかやれよ」とか言われるだろうけど、そっちは学生時分に、やりたいことと合わないと思って、やめた。
第一、犯罪者数は、社会システムや教育システムの崩壊・未成熟が大きめのウェイトを占めてるとも言われてるんだから、もっとマクロな視点で見ないと、っていうこと。
なんてくだらないこと考えながら家の前に着くと、そこに親父がいた。
「あれ、親父? どしたの」
「ん・・・ぉお、オマエか! 助かった助かった! 鍵開けてくれ」
「え? ・・・まさかまた家の鍵ごとジャケット忘れてきたのかよ」
「しょうがねぇだろう、現場から直帰なうえにタクシー使っちまったんだから」
半ば怒りながらそういう親父。
ちなみに「タクシー」ってのは、賃走の普通のやつじゃなくて、部下の誰かの車に便乗、ってことだ。
「ていうかオフクロは?」
「またいつものだとよ。あの忌々しい災害からこっち、保険料払い戻しやら見直しやらで外回りが終わらんのだと」
「うぁ、まだそんななの? でももうあれから10・・・えと」
「18年だな。オマエがまだ鼻垂したガキだった頃だよ」
「なわけねぇじゃん、小学校の真ん中くらいだったし」
「どうだかなぁ・・・俺に言わせりゃオマエはまだまだガキん子だ」
「うわひでえ! オレもうすぐ結婚するのにかよ」
「自分から言ってる時点でガキなんだよ」
言い合いをしながら家に入る。
いつもの、ガキの頃から変わらない光景だ。
「そうらしいんだがな。また”保険料戻ります・安くなります詐欺”が出てきたんだとよ」
「はぁ、またかよ?! ケーサツどうなってんの?」
「そっちは専用の部署の仕事だ、俺らの仕事じゃねぇ」
「うわ、冷たいのな」
「お上仕事ってなぁそんなもんだ」
ふと、家の右手、街灯が途絶えた道の先に広がる「暗い闇」を見やる。
そこには、明るいところで見れば、100メートル級の深さの「裂け目」が広がっているはずだ。
落ちたら終わりの「死の崖」。
それはかつての「天災」がもたらした悪夢だ。
いや、悪夢のひとつ、が正しいんだろうか。
昔、この手の詐欺が流行ったときは、人の心の歪みと将来への不安が犯罪を許容する国へ変化させた、と習った。
あんな流れが、今も起こってるんだろうか?
いや、もしかすると、もっと恐ろしく暗い闇の中に・・・
「おいどうしたよ、入らんのか?」
「ああ、うん」
玄関に向き直ると、そこにはすでに、親父の手で灯された明るい光があった。
夜、10メートルも歩けば、そんな声が聞こえていた繁華街。
けど、今はそんな客引きなんていない。
別にケーサツや行政の手で排除されたわけじゃない。
夜の街を仕切っていた「その手の人達」が文字通り地下に潜り、それを真似していた素人達が廃業したから、勝手にそうなっただけだ。
おかげさまで住民にとっては暮らしやすくなったし、誘蛾灯に群がる虫のようにわらわらいた夜の住人たちもいなくなった。
が、そのせいで街が暗くなり、強盗や置換犯罪が増えたのは皮肉といえば皮肉かもしれない。
最も、いまや暗視の防犯カメラは街のほぼ全てに設置されてて犯罪をおかしてから家に帰るまでがバッチリ取られてるから、2日以内には即御用、なんだけど。
オレ? オレはとある無名大学で研究に勤しむ職員だ。
専攻は社会心理学。
でも別に、はじめっからこの道に進もうとして進んだわけじゃない。
親父が警官で、幼い頃からオフクロに「異常な犯罪者が増えた」とか「あいつらの考えがどうもわからん」とか愚痴ってるに興味が出て、気づいてみたらこの道に進んでた、ってだけだ。
「なら犯罪心理学とかやれよ」とか言われるだろうけど、そっちは学生時分に、やりたいことと合わないと思って、やめた。
第一、犯罪者数は、社会システムや教育システムの崩壊・未成熟が大きめのウェイトを占めてるとも言われてるんだから、もっとマクロな視点で見ないと、っていうこと。
なんてくだらないこと考えながら家の前に着くと、そこに親父がいた。
「あれ、親父? どしたの」
「ん・・・ぉお、オマエか! 助かった助かった! 鍵開けてくれ」
「え? ・・・まさかまた家の鍵ごとジャケット忘れてきたのかよ」
「しょうがねぇだろう、現場から直帰なうえにタクシー使っちまったんだから」
半ば怒りながらそういう親父。
ちなみに「タクシー」ってのは、賃走の普通のやつじゃなくて、部下の誰かの車に便乗、ってことだ。
「ていうかオフクロは?」
「またいつものだとよ。あの忌々しい災害からこっち、保険料払い戻しやら見直しやらで外回りが終わらんのだと」
「うぁ、まだそんななの? でももうあれから10・・・えと」
「18年だな。オマエがまだ鼻垂したガキだった頃だよ」
「なわけねぇじゃん、小学校の真ん中くらいだったし」
「どうだかなぁ・・・俺に言わせりゃオマエはまだまだガキん子だ」
「うわひでえ! オレもうすぐ結婚するのにかよ」
「自分から言ってる時点でガキなんだよ」
言い合いをしながら家に入る。
いつもの、ガキの頃から変わらない光景だ。
でも・・・
「ちぇ・・・で、払い戻し期限とかは過ぎてんでしょ?」「そうらしいんだがな。また”保険料戻ります・安くなります詐欺”が出てきたんだとよ」
「はぁ、またかよ?! ケーサツどうなってんの?」
「そっちは専用の部署の仕事だ、俺らの仕事じゃねぇ」
「うわ、冷たいのな」
「お上仕事ってなぁそんなもんだ」
そこには、明るいところで見れば、100メートル級の深さの「裂け目」が広がっているはずだ。
落ちたら終わりの「死の崖」。
それはかつての「天災」がもたらした悪夢だ。
いや、悪夢のひとつ、が正しいんだろうか。
昔、この手の詐欺が流行ったときは、人の心の歪みと将来への不安が犯罪を許容する国へ変化させた、と習った。
あんな流れが、今も起こってるんだろうか?
いや、もしかすると、もっと恐ろしく暗い闇の中に・・・
「おいどうしたよ、入らんのか?」
「ああ、うん」
玄関に向き直ると、そこにはすでに、親父の手で灯された明るい光があった。
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