喫茶店主 (1)
「ち。もっとマシな話はねぇのかよ」
心の底からそう思いながら、誰にともなく、つぶやく。
昔からそうだったが、ここ最近、やたらこういった胸くそ悪いニュースばかり流しやがる。
貧乏が悪い。だから働くしかない。で、働きすぎりゃ心か体かが死ぬ。最悪両方。
今更言うことでも、言われないとわからないことでもないだろうに。
ここはしみったれた喫茶店。気分的じゃなく、本気で湿気りきったところだ。
ここは、かつての繁栄をうかがわせる、地下鉄駅につながる通路。
あの壮絶な「大天災」がなければ、多分今も、人人人でごった返してたんだろう。
津波に洗われ、穴ぼこは至る所で崩れ、おまけに埋めらんねぇ地割れがそこここに走り回ってるときたもんだ。
折角ここまでにしたっつっても、直すのに造るより高い金がいるとなっちゃあ、捨てるより他ないってもんだ。
ま、、、あの災害の後に移り住んできた俺にとっちゃぁ、どうでもいいことだが。
この店に名前なぞない。まともに出せるもんもありゃあしない。
調理器具が総IHで、しかも奇跡的に配電設備が生きていた、ってことが幸いだが、それにしたって熱を通したもんが出せるだけで普通なら当たり前のことだ。
というか、そもそも営業許可なんぞは取っちゃあいない。
誰もいなくなった店の跡地を、俺が勝手に占めて、店のような構えをしているだけだ。
が、そんなのを取り締まろうという動きはない。いちいち細かい所をほじくり返せるほど、余裕がないからか。
それどころか、だ。
「よぉ、とっつあん! やってるかい、居酒屋?」
通路の奥から、常連のが声をかけながらやってきた。
「あぁ、開いてるよ、警察の。開けてんのは喫茶店だがな」
とまぁ、こういうことだ。
災害で壊滅する前から国で1、2を争う治安の悪さを誇って?いたこの地域だ。
住人の大半が、「火事場ドロ」だの、「婦女暴行犯」だの、に身をやつしちゃぁ、どんだけ正義感に溢れたやつでも心が砕けるってもんだ。
ま、弩級のワースト犯罪地域の中でも最悪、「犯罪の見本市」とまで呼ばれた自動車殺人と通り魔犯が、パクるどころか道が無くなってやりようがなくなっちまったから、その辺だけは大不幸中の小さい幸せ、ってとこなんだろうがな。
「で、どうだい最近」
いつもの黒コーヒーのポン酒垂らしを出してやりながら、定番の質問を投げる。
ふわっと漂う焙煎とアルコールの化学反応は、正直ダメな奴は即投げ捨てるレベルだろう。
そんなゲテ好みな飲み物に口をつけながら、やつは意外な答えを返してきた。
「それがよぉ。。。とんだことになってんだわ」
お決まりの当たり障りない返答を期待していた俺は、はたと手を止めて向き直った。
「はぁ? とんでもねえ状況は前からだろうがよ。こんだけ街が壊れてりゃ。。。」
「いや、それはそれでそうなんだけどよ。それとは別件でな?」
「別件?」
「あぁ」
この大天災から一気に復興させようとかなんとかって号令でお上がばかばか金を突っ込んでるらしい、ってのは俺でも知ってる話だ。てか知らない奴の方がよっぽどだろう。
しかし話によると、金の話しかできねぇ無能な政治屋共のせいで働き手が減って、さらに災害で結構な数が死んだってんで、金はあっても仕事を回せるやつがいないってことらしい。
で、ちょっと前に労働基準に例外をつくって24時間労働可能にしたってことらしいんだが、案の定、過労死だの過労自殺だのでぽんぽん死んでってるらしい。
話によると、ヤツのまわりでも必死に悪者をしょっ引いてた有望株がパタパタ倒れてってる、とまあそんなことだ。
「うちの連中は手を抜くってのを知らねぇやつも多いからな。ほどほどにしとけっていつも言っちゃいるんだがな。。。」
遠い目をしながら、もしかすると本当に遠いところに行ったのを見てるかもしれないその顔で、やつはつぶやいた。
「まぁ仕方がねえさ。それがお前さんらの仕事だろ? たとえわかってたとしても、そこは捨てちゃおけねえよ」
「そういうもんかね」
「多分な」
やつは冷め気味になったポン酒コーヒーを一気に腹に流し込むと、カウンターに代金を置き、通路の方に向かっていった。
そのまま行っちまうかと思ったが、振り返らず、
「悪いなとっつあん。愚痴に付き合わしちまった」
と、こぼすように投げてきた。
「気にすんな、それもマスターの仕事だ」
「ああ。悪かった」
「だから気にすんな、って」
それには答えず、足早に通路の先へと消えていった。
カツカツと響く足音が消え去り、この穴ぐらに再び静寂が戻った。
心の底からそう思いながら、誰にともなく、つぶやく。
昔からそうだったが、ここ最近、やたらこういった胸くそ悪いニュースばかり流しやがる。
貧乏が悪い。だから働くしかない。で、働きすぎりゃ心か体かが死ぬ。最悪両方。
今更言うことでも、言われないとわからないことでもないだろうに。
ここはしみったれた喫茶店。気分的じゃなく、本気で湿気りきったところだ。
ここは、かつての繁栄をうかがわせる、地下鉄駅につながる通路。
あの壮絶な「大天災」がなければ、多分今も、人人人でごった返してたんだろう。
津波に洗われ、穴ぼこは至る所で崩れ、おまけに埋めらんねぇ地割れがそこここに走り回ってるときたもんだ。
折角ここまでにしたっつっても、直すのに造るより高い金がいるとなっちゃあ、捨てるより他ないってもんだ。
ま、、、あの災害の後に移り住んできた俺にとっちゃぁ、どうでもいいことだが。
この店に名前なぞない。まともに出せるもんもありゃあしない。
調理器具が総IHで、しかも奇跡的に配電設備が生きていた、ってことが幸いだが、それにしたって熱を通したもんが出せるだけで普通なら当たり前のことだ。
というか、そもそも営業許可なんぞは取っちゃあいない。
誰もいなくなった店の跡地を、俺が勝手に占めて、店のような構えをしているだけだ。
が、そんなのを取り締まろうという動きはない。いちいち細かい所をほじくり返せるほど、余裕がないからか。
それどころか、だ。
「よぉ、とっつあん! やってるかい、居酒屋?」
通路の奥から、常連のが声をかけながらやってきた。
「あぁ、開いてるよ、警察の。開けてんのは喫茶店だがな」
とまぁ、こういうことだ。
災害で壊滅する前から国で1、2を争う治安の悪さを誇って?いたこの地域だ。
住人の大半が、「火事場ドロ」だの、「婦女暴行犯」だの、に身をやつしちゃぁ、どんだけ正義感に溢れたやつでも心が砕けるってもんだ。
ま、弩級のワースト犯罪地域の中でも最悪、「犯罪の見本市」とまで呼ばれた自動車殺人と通り魔犯が、パクるどころか道が無くなってやりようがなくなっちまったから、その辺だけは大不幸中の小さい幸せ、ってとこなんだろうがな。
「で、どうだい最近」
いつもの黒コーヒーのポン酒垂らしを出してやりながら、定番の質問を投げる。
ふわっと漂う焙煎とアルコールの化学反応は、正直ダメな奴は即投げ捨てるレベルだろう。
そんなゲテ好みな飲み物に口をつけながら、やつは意外な答えを返してきた。
「それがよぉ。。。とんだことになってんだわ」
お決まりの当たり障りない返答を期待していた俺は、はたと手を止めて向き直った。
「はぁ? とんでもねえ状況は前からだろうがよ。こんだけ街が壊れてりゃ。。。」
「いや、それはそれでそうなんだけどよ。それとは別件でな?」
「別件?」
「あぁ」
この大天災から一気に復興させようとかなんとかって号令でお上がばかばか金を突っ込んでるらしい、ってのは俺でも知ってる話だ。てか知らない奴の方がよっぽどだろう。
しかし話によると、金の話しかできねぇ無能な政治屋共のせいで働き手が減って、さらに災害で結構な数が死んだってんで、金はあっても仕事を回せるやつがいないってことらしい。
で、ちょっと前に労働基準に例外をつくって24時間労働可能にしたってことらしいんだが、案の定、過労死だの過労自殺だのでぽんぽん死んでってるらしい。
話によると、ヤツのまわりでも必死に悪者をしょっ引いてた有望株がパタパタ倒れてってる、とまあそんなことだ。
「うちの連中は手を抜くってのを知らねぇやつも多いからな。ほどほどにしとけっていつも言っちゃいるんだがな。。。」
遠い目をしながら、もしかすると本当に遠いところに行ったのを見てるかもしれないその顔で、やつはつぶやいた。
「まぁ仕方がねえさ。それがお前さんらの仕事だろ? たとえわかってたとしても、そこは捨てちゃおけねえよ」
「そういうもんかね」
「多分な」
やつは冷め気味になったポン酒コーヒーを一気に腹に流し込むと、カウンターに代金を置き、通路の方に向かっていった。
そのまま行っちまうかと思ったが、振り返らず、
「悪いなとっつあん。愚痴に付き合わしちまった」
と、こぼすように投げてきた。
「気にすんな、それもマスターの仕事だ」
「ああ。悪かった」
「だから気にすんな、って」
それには答えず、足早に通路の先へと消えていった。
カツカツと響く足音が消え去り、この穴ぐらに再び静寂が戻った。
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