カスタムエディットゲームのすゝめ
最近はマインクラフトに代表されるワールド・クリエイト系ゲームが流行りですが、自身は昔からカスタム要素のあるゲームが好きです。
誰かの歌じゃないけど、「オンリーワン」というのがやっぱり自分だけのキャラ世界を創るのにいいんですよね。
(ハマり過ぎるのがわかってるのでほぼ手を出さないようにしてますが^^;)
自身の所有しているゲームは、ほとんどがカスタムやクリエイトの要素があるものです。
キャラクリエイト前提のRPGとか、モジュール変えて眺められるミクさんゲーとか。今もやってるもので、そういった要素がないのはほとんどない気がします。
その中で、趣味全開妄想だだもれとか、わりと痛い感じの俺世界が展開されてるのがまぁ何とも言えない^ー^;
で、このクリエイトをする際にひとつだけ「縛り」を入れていることがあります。その縛りとは、「万能超人をつくらない」ということ。
子供がカスタム要素のあるゲームをやると、「ぼくのかんがえたさいきょうちょうじん/ろぼっと」みたいな感じにしたがります。「最強にならないからクソゲー」なんて論理を持ち出すことも良くありますね。
まぁ子供なら、それはそれでありなんですよね。子供って「おれつぇー!」自慢をしたい傾向にあるので。(自身も昔そうでした)
自分のことだけで一杯いっぱいな子供なら、そこを突き詰めるのもありといえばありです。
でもゲームを楽しもうとすると、その最強万能超人は逆効果なんです。
だって、「万能超人=没個性の極み」なので、それしかいないとなるとどれを使っても似たり寄ったりで刺激がなくなってしまうので、すぐ飽きちゃうんですよね。
ゲームの大敵、いわゆる「マンネリ」のもとです。
このマンネリを防いでくれるのは、「ちょっとした欠点を持つ」とか「弱点ばかりで長所がほとんどない」といった万能じゃないもの。
アニメや小説などに登場するキャラは、万能超人より弱点を持つ方が記憶に残りやすいです。
事実、「ほぼ完璧に見えるキャラが、大きな弱点を突かれてピンチに陥る」とか、「欠点ばかりの凡骨が、一点突出した個性を活かして意外な時に活躍する」など、弱点や欠点がドラマチックな展開をもたらしやすい傾向にあります。
というか、そういうふうに作らないといろいろ考える事ができなくて面白くないし、見た人の印象にも残りにくいからかもしれないですね。
実際、欠点を持たせたキャラクターを作ってゲームをプレイしているうち、そこから別のキャラと相関関係ができて脳内世界が広がっていく、みたいな事もよくあります。
そうすると、万能超人キャラは大体がメインのキャラと関わらない「影の黒幕」みたいな感じになってしまい、逆に影が薄くなってしまう事も多いですね
ちなみに万能超人を創らないわけではないのですが、昔使っていたキャラを記念に残したいから一応作っているとか、ゲームクリアにどうしても必要だからしぶしぶ作っている、といった特別な理由がある場合がほとんどです。
余談ですが、カスタム要素満載なのに「このキャラを使わないとクリアできない」みたいな設計になっているゲームは、とりあえずクリアだけしてやめてしまうケースが多いです。
キャラ集めがメインのソーシャルゲームやスマホゲームなどはともかく、カスタム要素を売りにしているゲームなのに作った人が指定した通りのキャラ設計でないとクリアできないという事は、そのカスタム要素は結局ゲーム上無意味という事になります。
最悪、カスタム要素に釣られるユーザーをひっかけるための「釣り針」みたいなものとも言えますね。
世の中にはどんなトンデモカスタムをしてもクリアできるようバランス調整しているゲームもありますが、そういったものは比較的まれです。
最近の主流は基礎部分を共通にして外見だけ自由にカスタムできるゲームですが、制作開発のコストを考えればそれが無難な線なのかもしれません。
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